小指の先の天使

小指の先の天使 (ハヤカワ文庫JA)

小指の先の天使 (ハヤカワ文庫JA)

恋人同士がたがいに触れ合えないとしたら、ふたりはそんな世界をあきらめるだろうか?あるいは仮想世界の動物園でキリンが鳩を食べたとしたら、それは、現実に住まう神の御業なのだろうか?あるいは、仮想世界で生涯を終えた者がいて、果たしてその魂はどこへ向かうのだろうか?人間の意識と神についての思索が、現実と仮想のあいだを往還する。


神林さんの短編集。連作短編のような構成になっています。自分は氏の作品は雪風を始めとして数えるほどしか読んだことがなくて、言及するのもおこがましいのですが、まあそれは置いといて。
主題として一貫して扱われているのは人間の意識と身体は切り離して、しまいには仮想空間だけの存在になってしまった時、果たしてそれは人間という存在と言えるのだろうかという命題。ラストの短編がそれに対する一応の答えになっているのかもしれないと思いました。仮想世界の方は仮想故に物質的には現実世界と違い、用意されたものは変わらないはずが、いつの間にか流転していく様が面白い。
正直、展開が難解すぎてついていきにくい短編も二、三ありましたが、一貫しているテーマにどのようにアプローチしているのかを考えるのはとても面白かったです。文章べたなのでなんと表現して良いのか分かりませんが。
好きな短編としては「意識は蒸発する」と「なんと清浄な街」。前者は人間が仮想空間に移り住んでから、外に残った人間に忘れ去られるほどの時間が経った後のお話。肉体が消滅した後の内部世界でしか存在できない意識達は永劫に近い時間を経るとどうなるのかという発想が面白かった。時代的には前者のもっと昔に位置する後者の作品は、仮想空間というものがどんな存在にあたるのかについて、置かれている立場による考え方の違いが興味深かったです。
トップに位置している、お互いに好意を抱いているのにふれあうと燃える体を持つが故に、ふれあうことが許されない男女のお話も、荒廃した世界での青春モノとして好み。初出の年代が全然違う作品群を、ほとんど手を加えずに一定の方向性で持って括ることができる作者は凄いなあ。
桜庭さんによる自伝的青春小説のような解説も、神林氏に対する愛があふれていて必見デス。