光を忘れた星で

光を忘れた星で (講談社BOX)

光を忘れた星で (講談社BOX)

「いいか、感覚は言語によって規定される。それが構築されることで世界が作られるんだ。人間の思考は言語によって成立しているから当たり前なんだがな。だから視覚という感覚の思考もそれにふさわしい言語が存在しなければ、視覚で得られる世界はいつまでたっても曖昧模糊なものでしかない。したがって視覚独特の言語表現を学ばない限り、本当の視覚は得られない」

遠未来。地球から遥か離れた星。移住した全住民が眼球はあるものの視覚を喪い、生活している星を舞台にした物語です。幼なじみのルーダと村を襲った災害を生き残ったマユリは寄宿制の学校に入れられて、無の意識を持つことを習うが一人だけ落ちこぼれ、隔離される形になってしまう。そんな彼はルーダに再会する為に脱走を企て、外の世界に飛び出すのだが、そこは眼球を持つものを排除し摘出する文化の国家で…という流れ。
全住人が盲人ということで、その中で徹底的に視覚に頼った表現(物のはっきりした形、色、距離等)を排して、あくまで他の4感でわかる描写しか行われていません。それによって彼らの視点からの生活とその不自由さが分かりやすく描写され、またそういう描写のみに限った為に、後半視覚を獲得したマユリによる言語へのアプローチの部分が非常に鮮明でした。
また、別方法による視野の再獲得によって出来る文化、ひいては新しい種の可能性に至る物語の提示も非常に面白かったです。現行の人類にとってはある種破滅へと向かう物語でもあるのですが、裡に秘めた遠大な計画は唸らされます。
単純にマユリ主人公の冒険譚として読もうとするならば、彼が被験者となる実験の関係者の物語でもあるので、彼の受け身の姿勢に不満な部分もあるかとは思うんですが、この盲目の人類達がどういう道を辿るのかということを考えながら読むと非常に面白い作品です。盲目であるが故に、受け入れなければならない理不尽が自然と滲み出てくるのが切ない。また、こんなことになった彼とルーダの完全にすれ違ってしまった友情関係の再構築の物語としても楽しめました。

煉獄姫 二幕

煉獄姫 ニ幕 (電撃文庫)

煉獄姫 ニ幕 (電撃文庫)

黒藤原再臨。タイトルの通り物語の第二幕と言った感じで、前巻での布石を着実に動かしていったようなお話。単体としては切り裂きジャックを思わせます。
前巻でその死によってアルトに精神的なダメージを与えたキリエが(群体なので死なない)、狂言回しとなって、悲劇的な事態を進行させていく訳ですが、彼女の使い方が上手い。相手の感傷を誘いながらも全く影響を受けず、事件を引き起こす邪悪な存在ってのは読む方にとってもなんともしんどいキャラクタです。また、彼女達が悪事を企む場所は、都市の吹きだまりのような悪所なんですが、そこらの描写も容赦ないなと。絶望が始めから漂っているような場所です。
そんな物語の中で、半ば人外でありながら人であろうとする、アルトとフォグのコンビと、その枷を外して完全に化け物として振る舞うキリエとイパーシの姿が好対照をなしていました。フォグの騎士としての意識の自覚と、アルトの精神の強まりが印象的でした。
また、ジョーカーのようなフォグの妹の登場がこの先にどういう影響を与えるのか、それを考えると十分劇的でありながらもまだ布石を打っている巻と言えるのかも知れません。
血塗られた事件を描きながらも、妙に現実感が乏しく、それ故に危機感を感じる様になるのは最後の方になってから。壊れてしまった彼女が引き起こすであろう第三幕はもっと大きな騒ぎになりそうです。楽しみ楽しみ。

REDLINE

REDLINE (ハヤカワ文庫JA)

REDLINE (ハヤカワ文庫JA)

「レッドラインは何でもありだろ。武器でもつけなきゃ、命がないぞ。第一、今じゃ俺もこっちが専門なんだよ」
照準をのぞき込み、砲身を上下させる。
「つけるわけねえじゃん。んなもん。俺らにとってのレッドラインはレースなの。加速装置以外はつけないよ。」
「お前は本当にバカで優しいってニックネームのままだね」
「馬鹿はついてねぇし」

映画REDLINEのノベライズ…ですが、牧野さんの作品になっていると感じさせられるもの。牧野さんでレースというと「王の眠る丘」という傑作があり、こりゃ鉄板だろと思って読んでみたんですが、予想通りでした。
話は宇宙最高峰のレースREDLINEの予選からスタート。“優しい男”JPは善戦するも最後に相棒のメカニックが八百長を働き敗北する。だけれども、補欠と言う形で運良く最高峰のレースに挑むことになるわけです。彼が何故優しい男と呼ばれるかと言うと、なんでもありなアルティメットレースの中で彼だけは他車を攻撃する武器を一つも装備していないわけです。レースをやっているんだという美学として。そして、八百長を働いた相棒とまた組むなど彼自身のポリシーを決して曲げようとしない。また裏切られる可能性もあるというのに。
そして他のレーサー達も一癖も二癖もある面々。マシンと一体化して絶対的覇者として君臨するマシンヘッド鉄仁、父を追いかけてきた娘のソノシー、ダークヒーロー役として名を売ってきたリンチマン&ジョニーボーヤ、お色気レーサーのボイボイ&ボスボス等々。己の美学を貫くそれぞれのレーサー達のレース模様だけでもお腹いっぱいなのに、さらにレース会場が独裁惑星で、このレースの開催を阻もうと攻撃を繰り出してくるわけで、最後まで息をつかせぬレース展開でした。命知らずの馬鹿どもによるレースの様はとても熱くドラマチックなものでした。各レーサーの描写に多くの部分を割かれていたので、充分ページはあるのにもっと長尺で腰を据えて読みたいと思ったぐらいです。映画の方もこれぐらいキャラクタが立っているんなら面白そう。少なくとも映画を見てみようかなという気持ちにさせる良質のノベライズです。圧倒的なスピード感と熱さ、何よりもその馬鹿馬鹿しいノリに魅せられたい方は是非!

ランジーン×コード tale.2

ランジーン×コード tale.2 (このライトノベルがすごい!文庫)

ランジーン×コード tale.2 (このライトノベルがすごい!文庫)

前巻で相対したのがコトモノの物語の捕食者だとすれば、今回は洗脳者。ダンスと動きを使ってコトモノ達の脳内に自分たちの遺言詞をウイルスの様にバラまく種族が相手となります。

かなりボリュームもあり、前提となる設定の説明もありと、ごつかった前の巻に比べると、設定が共通認識として前提にあり、内容説明が簡素化されていた為に前に比べると読みやすかったです。踊るということで言葉を介さずに遺言詞を感染させるという発想も面白い。あとは設定の読者への飲み込ませ方がもっと自然であれば、さらに良くなる気がします。
また、ロゴの立ち位置も記録者としてコトモノの物語を守るという立場に固まっていて、あせりの描写はあれど、物語を破壊しひとつにまとめあげようとする相手との対立構造が分かりやすく示されていました。ただ、ロゴの心理の移り変わりが、ちょっと説明的だったかなとは思います。成美の存在がロゴに力を与えている原動力の様に感じる書き方だったので、いつか再会のシーンがあれば、なんて思いも。
またもう一人の主人公である由沙美についてはロゴよりも魅力的に描かれていたと思います。自分のコトモノの親に当たるロゴとの関係性の築き方や彼の居場所である養護施設の子供達との距離の取り方に悩む姿、実際の親族が現れた時の動揺なんかが丁寧に描かれて、それだけに後半の展開が映えます。欲を言えば、養護施設の面々と彼女の触れ合いをもうちょっと見たかったなあと。タが発音出来ないコトモノで、1人称ワシになっちゃうキツネさんは可愛いんですが、他の面々ももうちょっと見たかったなあ。
終盤、ラスボスを暗示させる描写も出てきて、徐々に盛り上がってきた気がします。ダリとの関係性の解明なんかも期待!

ただ、咎人を裁く剣のように

「アンタは悪意を垂れ流す。俺にはそれが赦せない。だったら……そら、出会った時点でもう終いだ」

1巻で主人公に力を渡したヒロインが死ぬという、最初からクライマックス的な展開だった本作。正直あのインパクトが強すぎて、2巻ではどういうことを軸に話を展開するのかなと思っていたんですが、話の進みとしては遅いものの、1巻で拾いきれなかった従者であることに対するのフィナアルカナの思いの揺らぎ、そして蒼雷騎士の力を受け継いだ法介の騎士としての在り方を新たに起きる事件を通して浮き彫りにしていて良かったです。少なくとも前巻を前日潭に追いやる、物語の始まりという印象を受けます。さらに本巻では、事件について前巻の事件を思い起こさせる展開ながらも、感傷を切り捨てるような描き方が切なく、全てが変わってしまったんだなと印象づけられました。そんなこんなで前巻の伏線が消化されたと同時に、新たな伏線がさらに増殖するという…。
異形騎士と呼ばれる彼らは、自身も罪業を抱えながら、罪悪感を抱えた人の心が七つの大罪と呼ばれる感情を強く抱くことで変貌する、罪業と戦うことを使命としています。その為、時に彼らは実際に罪を犯した者ではなく、その結果として罪業に変貌した別の者のみを討伐しなければならないことがあるのですが、それに対して本当の咎人は誰なのかという問いかけは考えさせられるものがありました。この苦難の道行きを予感させる問いかけに対して、相手がどういう対応をするのかが楽しみです。
多くの単語にカタカナルビがふってあったり、能力にそれぞれ名前がついてたりと、中二的で一部には飲み込みにくい作品ですし、展開も苛烈でとても万人に勧められるような作品ではないのですが、人の罪とはなんぞや…なんてことを考えるのが好きな方にはいいかも。僕?当然好きな作品です。

楽園まで

楽園まで (徳間文庫)

楽園まで (徳間文庫)

怖いよ、とハルカは泣き出した。
「もう雪の中を歩くのは嫌だ。暗い空も嫌だ。でも、でも」
頭上に広がる青い空が、次第に黒く濁り始める。分厚い灰色の雪雲が蝕む様に空を覆ってゆく。
「何も見つけられないまま、死ぬのは怖い」
(中略)
ハルカは顔を上げる。その表情が悔しげに歪んだ。自分では制御出来ない数多の感情が激しく渦巻いて、不条理なほどめちゃくちゃに混じり合う。暴れる。のたうつ。
赤く泣きはらした顔で少女は吼えた。
「こんなところで、こんなところで死にたくない!」

降り続ける雪に閉ざされた世界。オッドアイの人間は悪魔と認定され、教会によって裁かれる世界。その中で、銀のオッドアイを持つ双子の少年ユキジと少女ハルカは育て親を処刑され、逃亡の旅に出ることとなった。
中世の魔女狩りを思わせるような悪魔狩りによって、行き場所を喪った双子の逃走のお話なのですが、とても痛切で哀切な物語です。ただただ教会の手のものによって、理不尽に刈られていく悪魔達の叫びが痛く響き、一方で主人公の少女の理不尽を世に問いかけ、生きたいと叫ぶ姿は気高さと力強さを感じさせました。情景としても絶え間なく降り続いていく雪の白さと、閉塞した雰囲気が好対照で、鮮やかにその情景を思い描くことが出来ます。
そこをひたすらに逃げる双子の姿がとても鮮烈だっただけに、もし挙げるなら追っ手となる教会側にも矛盾があり、悩んでいる人がいることを思えばもうちょっと丁寧な描写が欲しかったかなあというところがありました。ただ、それぐらい。最後まで自分たちが自由に暮らせる楽園を追い求める姿に、真直ぐな物語の持つ力強さを実感させられるお話でした。作者も17歳だからてらいもなく書ける部分もあったのだろうなあ。ともあれ、この先の活躍が楽しみです。

ちなみに雪が延々と降り続ける中で、人々はどうたつきを立てていたんだろうなあ……なんて言っちゃうのは野暮ですね。幻想的なファンタジーでした。

完全なる首長竜の日

【映画化】完全なる首長竜の日 (『このミステリーがすごい! 』大賞シリーズ)

【映画化】完全なる首長竜の日 (『このミステリーがすごい! 』大賞シリーズ)

このミス大賞作品。
私こと、和淳美は漫画家をしており、数年前に自殺を図って遷移性意識障害に陥った弟の浩市が唯一の家族。そんな私が画業を行いつつ、弟の元に通ってSCインターフェイスという装置で二人を繋げることで、弟の内面意識に入り、コンタクトをとる日々を送っている、という形で始まる物語。

意識を同期させて、相手の内面世界に入りこんでコンタクトをとる装置に、岡嶋二人さんのクラインの壺を始めとした作品群を想起させられます。特に物語が中盤にさしかかると、現実の私がしている回想の中にありえないものが紛れ込むようになり、実はそのシーンは現実ではなく装置に繋がった中で見ていた夢みたいなものであったという所に落ち着いたあたりからしばしば現実の酩酊があり、段々と現実の境界が怪しくなってきます。ただ、展開としては結構見慣れた部分があり、終盤に掛けても驚きという点はそこまで強調する部分ではないかなと感じます。
また、ストーリー的にはSFミステリと呼ぶよりはSFとしてもよかったんではないのではという気も。作中で大きな要素になる問いかけについて、濁したままなげっぱな部分もありますし。

一方で、冒頭に語られる南の島での弟と過ごした思い出、そこでの生活の細部に至るまでの細かい描写、今の漫画家としての生活描写、モチーフとなる赤い旗のついた柱や首長竜の模型の取り上げ方等々が非常に上手くて、読みやすく情景が目の前に浮かぶような作品でした。その日常の中に、異物が忍び込んでくる違和感、それによって引き起こされる自分や過去に対する不安なんかがキモになる作品だと思うのでとても良かったと思います。ラストシーンの暗転と乾いた余韻も、それがある故に素晴らしかった。物語の丁寧な構成と上手い描写といった点を特に推したい作品でした。自分という存在は、果たしてどうあれば存在していると言えるのか、現実とは何か。なんてお話が好きであればお勧めです。