由仁葉は或る日

由仁葉は或る日 (創元クライム・クラブ)

由仁葉は或る日 (創元クライム・クラブ)

京都新聞が主催する短編募集に応募されたある一つの短編『耳物語』。作者の明石馨は作品の主人公同様目に障害を持ち、京都在住の盲人たちが集まる文芸サークルに所属していた。ある日のこと、その文芸サークルに彼が勤める鍼灸院の患者・由仁葉が加わることになった。美女と呼ぶほどではないが、独特の魅力を持つ彼女は、たちまちメンバーの心を引き付けていくようになり、やがて彼女をめぐる嫉妬と恋の鞘当てが水面下で起こるようになる。彼女に交際を求めていた男性が殺害されるのとほぼ時を同じくして、彼女が推理小説で賞をとった作品の盗作問題が浮上してくる。


古本。過去の鮎川賞の最終候補作。
作者が盲人であり、作品は音声ワープロという独特のスタイルで上梓された作品です。盲人が多い文芸クラブに晴眼者の女性が参加することで、彼らの間に広がる波紋を描いたもの。
盲人の世界というものはなかなか分かりにくいものですが(特にその状況にある人が主体となっている場合)、自身がその状況にいられるということもあってか、それまでに読んだ作品での描写ともひと味違ったさらりとした書き口が強く印象に残る物でした。日頃の描写の部分では目の見えない苦労などの描写はほとんど行われないのですが、時折描かれる目が見えないことの怖さは真に迫ってきます。描写のされ方に説得力というか、リアリティがとても感じられます。
その世界に美唄氏の過去の体験を半ばなぞるようにして(と思うのですが)作品中に登場させることで、作品自体の世界観についても現実味を持って補強されていて、自分が知らない盲人の世界というものをのぞき見ている印象を抱かされました。その意味では美唄氏にしか書けない作品なのかなとも思います。
また、文章に対する細やかな気遣いには感嘆しました。文章に仕込まれたメッセージに近いとある暗号があるのですが、よくぞこれだけいろいろと考えられているなと。作品全体としては仲間内での確執が噴出するので後味が悪い部分もありますが、正統派のミステリ作品の良作だと思います。他の人の目から描写されることでミステリアスに映るゆにはの姿や、明石の娘の明るいキャラクターが、過去の回想などを挟んで暗くなりがちな雰囲気を救っているのが嬉しい。
今は執筆されていないのかな、ちょっと残念です。