10ドルだって大金だ

10ドルだって大金だ (KAWADE MYSTERY)

10ドルだって大金だ (KAWADE MYSTERY)

結婚三か月、そろそろ妻を殺す頃合だ―財産目当てに妻殺しを計画する男を待っていた皮肉な展開をオフビートなユーモアをまじえて描く「妻を殺さば」、銀行金庫の中の“余分な”10ドルをめぐって二転三転する「10ドルだって大金だ」、迷探偵ターンバックル部長刑事シリーズなど、巧みなツイストと軽妙なタッチが冴える短篇ミステリの名手リッチーの傑作14篇。


感想を書こうと思って検索を掛けていたら、先に出ていたクライムマシンの方を読み忘れてた。そっちも買ってきたんで早く読もう。本作はジャック・リッチーの手による粒ぞろいの短編集。
読後感が凄くいいです、この作品。殺人の短編が多く、中には殺人の犯人側の視点から描いた作品もあるのですが、すっきりしていてユーモアを感じさせる終わり方をするものがとても多い。文章も無駄がなくて、とても読みやすかったのもありがたかったです。
「妻を殺さば」
金目当てでお金持ちで世間知らずの女性と結婚したウイリアム。彼は妻を殺してお金を手に入れるため、その障害を取り除こうとするが…
「結婚して三ヶ月、そろそろ、妻を殺す頃合いだ」という衝撃的な冒頭の一文からラストの落ちまでの繋がりが綺麗で、ほっとさせてくれる作品。男にとってうまくいっているのかいないのか分からない物語の展開が面白いです。
「毒薬であそぼう」
青酸を盗んだ犯人がとある家の庭にそれをビンごと投げ込んでいった。中に入っていた粒は9個。しかし、4粒は行方不明。どうやらこの家の子供達がどこかに隠してしまったようなのだが。
知恵の回るガートルードとロニーの姉弟を手玉に取ろうとした警部補があべこべに翻弄されてかき乱されていき、地の文の彼の心の中で罵りながらも何とかご機嫌を取ろうとしている姿がひたすら愉快。ブラックな終わり方もニヤリとしてしまいます。
「10ドルだって大金だ」
行員わずか三人の零細銀行の決算時に会計検査官はこういった。帳簿上の記録より10ドル多すぎると。厳密な査察をされたらまずいスチュアートは一日の猶予を願って調査に乗り出した。
会計検査員の一言から次々と明らかになる真実、そしてその事実を隠蔽しようと動く行員達。と、限定された時間で起こるとても面白いドタバタコメディでした。最後に付く落ちも分かっていてても面白い。
「50セントの殺人」
「僕は何の良心の呵責も無く人を殺すことができるんだ」というクラークに、私はそれならば証明のために一つ人を殺してみないかと言った。
無作為に殺人をさせているように見せながらも、自分が殺したいと願っている人のもとへと誘導している私と、唯々諾々と従っている彼。どこまで分かって彼がやっているのかが気になってしまう話です。
「とっておきの場所」
私は世間体の為に無害そうな女性と結婚した。結婚したら有害になった彼女はある日行方不明となったのだが、私が殺して埋めたとの隣家の通報で、警察がやってきて家中を掘り返した。しかし、見つかったのは猫の死体だった。いったいどうしたのか?
奥さんの文中で描写で本当に悪逆非道という感じが実感がこもって伺えるので、殺人の策謀の話を聞いてもあまり悪い人という印象がありません。最後の犯人達の会話が笑わせてくれます。
「世界の片隅で」
信頼している叔父に言われて、僕は強盗に出かけた。しかし、強盗をしている最中に覆面がはがれて素顔が露見してしまった。ひとまずスーパーマーケットの倉庫の屋根裏に隠れて状況を伺うが…。
事件よりもむしろ、倉庫の屋根裏から眺めている日常と非日常を描いている部分が魅力的な作品。自分自身は無欲で、何が起きても淡々と流している僕の姿に和んでしまいます。
「円周率は殺しの番号」
出かけようとした僕の元に、貴方の車のナンバーを殺人現場でみたという女性が訪れてきた。
わずか数ページの短編で比較的トリッキーな作品。いかんせん短いので、あまり印象には残りませんでした。
「誰が貴婦人を手に入れたか」
展覧会のためにフランスから名画がやってくることになった。それを知った学芸員のわたしは、巧妙な計画を練り始めた。
私が計画を練る中で、様々な工作をしているのだけれども、最後にそれが結実するまでその目的が何なのか分からないので展開が面白いです。目的が明らかになるラストが鮮やか。
「キッド・カーデュラ」
ボクシングジムを経営している私の元に、ある日一人の男が訪れた。プロボクサーにして欲しいというその願いを、薹がたった素人なんかにできるかと一蹴したものの、この男は強い。私は彼をリングに上げることにした。
カーデュラシリーズの一作にして、お話としてはジムを訪れてきた男の正体を探るもの。段々と明らかになっていく男の正体が楽しいです。
「誰も教えてくれない」
私立探偵を始めたターンバックルの元に依頼人が訪れた。その依頼人は彼に一人の女性の捜索を依頼するものの、実際には追跡調査はせず、したふりをしたレポートだけ作ればいいという奇妙な依頼をする。なぜそのようなことをするのだろうか。
ターンバックルシリーズの一作。理屈としては筋道だってしっかりしていて可能性だけ論じるならば実行が可能なものの、その実行に証拠がない故に迷走を繰り返してしまう彼の推理に悲哀を感じてしまいます。タイトルが的を射ていて、最後にふて腐れているターンバックルの姿に爆笑してしまいました。
「可能性の問題」
自分の雇い主を銃で殺してしまったと言った老人。彼は数ヶ月前まで刑務所に入っていた男だった。しかしターンバックルはそれが信じられず、その家の人間を疑いだした。
相も変わらず、動機を考えて勝手に家人が犯人だという推理を考え出すターンバックルと、彼の推理がどんどん否定されていく様が面白い。毎回自分の推理通りにならない展開にふてた、ラストのターンバックルがシェリーをグラスで頼むシーンがいいですね。
「ウィリンガーの苦境」
記憶喪失だという男が事務所を訪ねてきた。彼は記憶をなくした6年前に何があったのか知りたいという。彼の依頼にそって捜査を始めたターンバックルはとある事件に当たる。
これもまた心温まる話でした。追跡調査がいきあたりばったりな感じはしますが。
「殺人の環」
犯人が殺人予告を手紙で送りつけてくるものの、いっこうに事件は解決の兆しが見えない。これまでに5件の殺人が発生し、12組の刑事が捜査に当たっていた。最後の切り札として、ターンバックルと相棒の出番となった。キーワードは「10/19/1」という謎の数字。
連続殺人にまつわるミッシングリンクと、次の被害者を探し当てるというのが主眼のお話。被害者達の繋がりの発想が斬新でびっくりしました。これはなかなか思い至らないだろうなあ。
「第五の墓」
道路の改修のため、墓を六つ移動したのだけれども、墓を掘り返したところ死体は五つしかなかった。この墓が作られた当時何があったのか。ターンバックルは相談を受ける。
過去の話について、あまり証拠がない状態で推理を積み重ねて、あとから証拠が出てきて否定されていくという構造。お墓に死体がないということで何とでも想像ができる中で、これだけ説得力のある推論を考え出せるターンバックルに感心しきりなお話でした。
全体的にトリック的な部分よりも、プロットやストーリー面の方に重きをおいて、軽妙に読ませるというのを見事に為している作品でした。素晴らしい。お話としては「10ドルだって大金だ」「世界の片隅で」、推理面では「誰が貴婦人を手に入れたか」が特に好きです。