ヴェサリウスの柩

ヴェサリウスの柩

ヴェサリウスの柩

解剖実習中“ご遺体”の腹から摘出された一本のチューブ。その中には、研究室の教授を脅迫する不気味な詩が封じられていた。「園部よ私は戻ってきた。今ここに物語は幕を開ける…」。動揺する園部。彼を慕う助手の千紗都は調査を申し出るが、園部はそれを許さない。しかし、今度は千紗都自身が、標本室で第二の詩を発見してしまう。「黒い絨毯の上で死者は踊り生者は片腕を失うだろう…」。事務員の梶井に巻き込まれる形で調査を始めた千紗都は、チューブを埋め込んだ医師を突き止める。だが、予想外の事実に千紗都は困惑した―その医師は十九年前に自殺していたのだ。


最新の鮎川賞。解剖学教室を舞台に起こる復讐劇のお話。
解剖に使われる献体の手術痕の中から、教授に対してのチューブに入った呪いのメッセージが見つかり、その手術はずっと昔に行われたもので、どうやってこれが起きたのか?という謎かけはとても魅力的。舞台設定が死者の世界とのイメージが強い解剖学の教室で、死体を小道具に使うというのもうまく言い表すことの出来ない不気味さが表れていて、素晴らしいと思います。第二の詩が喚起する、鼠がばらばらになった献体に群がっている図なんて想像しただけでもぞっとします。
ただ、後から浮き彫りになってくる遠大な復讐劇の構図や犯人の動機の部分も含めて、それらはサスペンスの要素が強いように感じられます。サスペンスとミステリーは競合するものではないですが、物語が犯人の独白によって〆に向かい、多くの謎が明らかになるという構造をとっているので、どうしても謎解きというべき要素が少なかった(こちらが推理を行うことの出来る余地が少なかった)のが残念。鮎川賞のカラーを考えると受賞作としては正直首を捻りたいところがあります。選者のコメントにもありますが、サスペンスミステリー風味の強い作品といった印象でした。