断章のグリム〈3〉人魚姫(上)

薄汚れた洗面台で、老女はいつものようにひび割れた石鹸を取り上げて、掌で揉み始める。乾いた石鹸はすぐにぬめりを取り戻し、白く濁った水がぬるぬると手にまとわりついて泡となって嵩を増やしていく。最後に一通り両手の表面を泡で拭った瞬間、それまでとは違う異様な感触が掌に伝わり、そして―。泡禍解決の要請を受け、蒼衣たちは神狩屋がかつて暮らしていたという海辺の町を訪れた。過去に例をみないほど町中に溢れ出す泡禍の匂いの中、彼らは神狩屋の婚約者だった女性の妹・海部野千恵に出会う。彼女は重度の潔癖性であった。奇しくも婚約者の七回忌を明日に控え、悪夢の泡は静かに浮かび上がる―。


シリーズ三作目。今度はアンデルセン童話の「人魚姫」がモチーフになっています。
そして今度の担当は神狩屋。掘り起こされた彼の悲しい過去の恋物語を、泡禍が作りだす悪夢へと塗り替えていってしまう手腕はさすがです。それだけに、彼と恋人との物語の終幕に何があったのか、外見的には過去として終わっているようですが、それをどうとらえているのかがすごく気になります。
人魚姫の物語の残酷な面と、伝説における人魚という存在の二面性を結びつけて、得体の知れない存在として印象づけているのが上手い。謎解きは下巻が出ないと分かりませんが、人魚姫の中ではある種の救いとしてとらえられていた泡が人に襲いかかってくるのが、どう解釈されて解かれるのか楽しみです。
描写については、血を含んだ泡が襲いかかって人間を融かしていってしまうところが何ともいえず気持ち悪い。痛みがリアルに想像できるので本当に気持ちが悪い。泡ゆえに人が介在していない不気味さというのもあり、冒頭の老婆の皮膚がズルズルと剥けていくシーンなどは痛みの描写としてこれまでの作品よりもビジュアル的にクル気がします。描写がとてもグロい方向に進化したなあ。
今回はこれまでの作品よりましな結果になるんでしょうか。彼女は救ってやって欲しいと切に思います。