レイヤード・サマー

レイヤード・サマー (電撃文庫)

レイヤード・サマー (電撃文庫)

「私は未来からある人物を追ってきたの」
「その人に――遠からず、貴方は殺されるわ」

上月さんの新作は(一応)一巻完結もの。色っぽいシーンもちょっとはありますが、れでぃ×ばとよりはデビュー作に近い印象を受けました。未来から女の子がやってきて、自分が以前守れなかった主人公の命を子宮食いという殺人鬼から守るためにやってきたと伝えるところから物語は始まります。ということで、タイムトラベルものな作品なんですが、原理としては過去にタイムスリップする度に新しく平行世界が生まれるようなもので、その為過去に行ったつもりでも厳密には別の世界であって、元の時代に戻れば改変などしてもなかった事になる。ただ、次の旅の際にはさらに新しい平行世界になり、それは一つ前の平行世界で行った改変の影響を受けるという設定です。その設定が新たに生まれる悲劇的な事態を止める原動力となるのがミソ。

物語の序盤では、未来から来た彼女とのラブコメチックなやりとりを通して、淡い触れ合いを描き、後半では使命を背負い敵と対峙する彼女をサポートする、まさに青春!という感じでした。自分に課した使命に縛られながらも、ぽつぽつと滲み出る彼女の想いに心が揺さぶられます。また、主人公は思い込んだら一直線で、目的の為なら一途で可愛い幼なじみも泣かす奴ですが、物語を通じて主人公として少し成長したという気がします。他のキャラクタ達も好感を持てるような存在で、時間周りの設定がちょっと煩瑣ではありますが、青春ものとしても、ちょっとした成長物語としても大好きな作品です。特に幼なじみについてはそのいじらしさで下手したら主役を食ってしまうような活躍ぶりでしたし。また、間章での、怪しげな先行きを示唆するような文章の挿入もこの一夏の物語を盛り上げていました。
一応完結とのことでしたが、ぜひとも彼女達の前日談的な後日談や、皆で過ごす日常を読んでみたいです。続編もしくは外伝熱望。


以下ネタばれ。
矛盾部分について足りない頭をひねって考えてみたんですが、とりあえず分からない部分は、ハルとアンリがそれぞれタイムスリップしてやってきた3番目の世界で、元々のアンリの説明では別の人がタイムスリップした場合にも新たに世界の上書きが行われると言っているのに、同じところで子宮喰いになったハルが鉢合わせしていること。果たしてこのハルはどの階層のハルなのか。これが元の層のハルであれば、同じ層に2人のトラベラーがいることになってしまう。他にも今の主人公が遭遇するハルは現代では人を殺めてはいない存在なので、その時のハルとは別個のハルといえる。このハルはどういう存在なのか。もし、大本の層の上の階層にハル達、アンリ達が居るとしたら、彼女達がタイムトラベルを行うと、その際にも新たな層が生まれるのか。もしくは大本の層からそれぞれの層に分岐する形でしかタイムトラベラーは来ないのか。大本の層からしか来ないのであれば、過去からやってきた留学アンリに事情を話して、彼女がタイムスリップしてきた元時間の直後に彼女を返す事で、ハルによる未来での殺戮を未然に防ぎ、連鎖的に起こる悲劇を食い止める可能性も生まれるんではないかという可能性を考えました。これだと、全然すっきりはしてないんですが、きっと誰かもっと頭がいい方が正解を導いてくれるに違いない。

追記。ちょっと考えた部分については、著者あとがきの「アンリが涼平にこれを伝えたくなかった理由」(留学してきたアンリにどうなるか分からない賭けをさせたくない)の部分と、ヒントの本当に未来を変えることは出来ないのか?という点に基づいて考えています。