悪魔に食われろ青尾蠅

悪魔に食われろ青尾蠅 (創元推理文庫)

悪魔に食われろ青尾蠅 (創元推理文庫)

傑作。いや怪作か。
物語は精神病院から演奏家のエレンが退院するところから始まる。過去のおかしかった自分の残滓に怯えながらも、未来への希望を抱いて夫とともに退院する彼女。しかし、段々と妙な事に気づき始める…というお話。

精神病院でのくだりでは一抹の恐ろしさを感じるものの、普通に見える彼女の姿は、次の章から一気に変貌する。過去の回想、そしてそこから生まれる妄想、それに関する丁寧で細密、それ故に不気味さを強調するような描写。それは章が進むに連れて加速していく。自分が殺した記憶のある男の登場、それにまつわる回想。段々と現実が浸食されるような狂気にまつわる描写に、読み手側に対してもどこまでが現実なのかを把握させないような描かれかたがさらに不気味さを加速させる。そして最後にタイトルの意味に思い至ったときの衝撃は計り知れない。サスペンスミステリでもあるかもしれないが、自分はホラーのように読み解いた物語だった。狂気に支配された奥に見える冷たい正気が背筋を寒くさせる。
繊細で神経質、而して一方で傲慢で皮肉屋なエレンの内面を頼りに紐解く物語は正直読みやすいとは言えないけれども、狂気を孕んだような描写は重苦しい手応えのある読後感を残すものでした。本作は当時流れのあったニューロティック・スリラーというジャンルの一作品と位置づけられるそうですが、解説で触れられている様に、当時の精神に対するある程度の理解の進み具合と、その中に残る得体の知れないものに対する不安感が生み出させた作品の様に感じました。