空とタマ―Autumn Sky,Spring Fly

空とタマ―Autumn Sky,Spring Fly (富士見ミステリー文庫)

空とタマ―Autumn Sky,Spring Fly (富士見ミステリー文庫)

秋は家出の季節である。7回目の家出を決行したオレ、天野空が避難先に選んだのは、田んぼのそばにぽつんと立つ廃倉庫。ダレも来ない秘密の場所だ。あの日、あそこでオレはタマと出会った。倉庫に着いたオレは、いつものように「わかば」を取り出し、いつものように煙をふかした。「まだ中学生なのに」とか「健康に悪い」とかいった、大人たちのリクツは気にしない。だが、この日、想定外の事件が起きた。誰もいないはずの廃倉庫に先客がいたのだ。上階に陣どり姿を見せないそいつは、ふざけたことに人気アーティスト「青井春子」の名を騙る。その上さらに、オレのタバコに難癖までつけてきたのだ。ムカつくのでオレはヤツを「タマ」と呼ぶことにした―。オレとタマと廃倉庫。かくして、オレたちの未来を大きく変える攻防戦は始まった。


正統派の青春小説。ボーイミーツガールの物語だけど、恋愛要素の部分はあるかないかぐらいの薄め。
家出をした空と、その先に潜んでいたタマ。廃屋でのこの二人の居場所を確保するための攻防が前半のメーン。倉庫でほとんどが進行するため、全体としてはあまり動きのない作品なんですが、序盤の特攻から始まって、相手を追い出すための嫌がらせ、お互いの弱点を探す問答など主人公が負け続けながらも、何とか知恵を絞って闘いに勝とうとする姿が飽きさせない。相手のタマがどんな存在であるかがほとんど明らかにされないので、ミステリアスな魅力を感じさせられるのも良かったです。
そして、突然の出来事で休戦になった後の、空の過去を巡る身の上話を通して段々と深まっていく二人のつながり。
主人公の空も、その話に出てくるオヤジも前向きで、すごい優しい人達なんですよね。きつい過去があったはずなのに、弱音を表に表さないように気張るその姿がぐっと来ました。タマが主人公を励ましてやりたくなるのも分かります。この、日常から切り離された一日から日常に戻るまでの二人の絆を深める出来事のひとつひとつが、とても心に染みてきます。
全体としてご都合というところもなくはないけど、それを吹き飛ばすパワーのある作品。そして空による一人称の独白とタマとの会話で話が進行していくのですが、読み終わった後、タマの気持ちを考えながらもう一回読み返してみたくなる作品でした。ラストは少し痛くて、それでも前向きでとても素晴らしかったです。がんばれっ!捨て猫