鈍い球音

日本シリーズを目前に控えた東京ヒーローズの桂監督が、東京タワーで不可解な失踪を遂げた。にわかに白熱化する大阪ダイヤとの日本シリーズ。しかもその真只中、今度は東京ヒーローズの代理監督が蒸発してしまった…。事件の陰に潜む黒い陰謀を暴こうと奔走する新聞記者や監督の娘比奈子の眼前に、やがて全野球ファンを熱狂の渦に巻き込んだ壮絶な戦いを操ろうとする巨大な魔の手の存在が明らかになる…。本書は、不可能興味の横溢する事件をユーモラスな筆致で描いた、野球ミステリの傑作である。


天藤氏全集の中の一冊。野球ミステリです。
時代設定としてはかなり前に当たり、視聴率凋落が騒がれている今では信じられないぐらい、野球に関して熱が入っている感じの描かれ方をしている時代です。何試合もエースが連投するなんて今では考えられない。そのあたりの設定は時代を感じさせるものの、野球自体には変わりががないので野球小説好きにはお勧め。
万年最下位チームをリーグ優勝までに引き上げた名監督。その監督が日本シリーズの直前に、後をつけられているという状況下で失踪してしまうというところから物語が動き出します。
日本シリーズという枠内に事件を収めて事件を絡めることによって、それと密接に関わるシリーズの行方にも注目させる手腕に脱帽。試合の方がまたとてもリアルな展開をするんで、事件の行方を握ることにもなる最後の勝敗を決める試合なんてハラハラして読ませられました。また、これには東京ヒーローズコーチ立花とその友人で新聞記者の矢田貝、監督の娘の比奈子を始めとする登場するキャラクター達の魅力の大きさという点も見逃せません。それ故に、八百長や賭けといったプロ野球の暗部の部分が絡んでくるストーリーはスリリングなはずなのにどことなくユーモラスな感じを受けます。
事件の方も、錯綜した人間関係の中で、どの陣営のどんな人間もが犯人に擬することが出来て、最後の最後までどう転ぶのかが全然分かりませんでした。何より、謎を分析する中で、謎に対して提示される解決方法があまりにも多くて、どれもが合理的な説明がつくだけに、迷わせてくれます。人物描写の巧さと誰がやったのか、どうやって行ったのかという謎の魅力のどちらも他作品にひけをとらない作品でした。そして、一番最後の部分の一杯食わせてくれる終り方もよかったです。文句なし、素晴らしい作品。