接近

接近 (新潮文庫)

接近 (新潮文庫)

昭和二十年四月、アメリカ軍が沖縄本島に上陸したとき、安次嶺弥一は十一歳だった。学校教育が示すまま郷土の言葉を封じて生きる彼の前に、同じく郷土の言葉を封じたアメリカ人が突然日本兵の姿で現れる。本来出会うはずのなかった彼らは、努力をもって体得した日本の標準語で時間を共有し、意思を伝え、距離を詰めていく。人の必然にしたがって、相容れない価値観は「接近」した。


沖縄戦の一部を切り取った戦争小説。
アメリカ人スパイの潜入前を描いた部分は冒頭のほんの少し。それから先は沖縄の国民学校の生徒の弥一の視点で物語は進んでいくため、どこで彼らが「接近」しているのかが分からないようになっています。そのため、ミステリ的要素も十分。
主人公の弥一は国を信じ、しばらくこの沖縄戦を耐え抜けば良い結果がやってくるに違いないと信じている少年。そのために抑圧を受けながらも、部落の人々が厭うような徴発や、兵士への協力も率先して行う、愛国心にあふれた行動をとっています。
その少年が沖縄戦での戦局の悪化とともに、平時から兵隊さんとして恃んできた人たちに、つぎつぎに信頼を踏みにじられ、心が揺れ動いて倒れそうになっても一途に信じつづけようとする姿はこちらから見ているとまるで道化の様でとても悲しく映る。誰が本当に味方で、誰が敵であるのか。そして、最後に情でもなく、義でもなく、ただ部落の皆のことを守るために選ぶ選択肢はとても苦い。
兵士らしい兵士という存在が、実は潜入するために日本軍の兵士を研究して送り込まれたスパイであったというところに強烈な皮肉を感じさせられる作品です。
章と章の間に、後で考えてみるとという感じでそのときを振り返った一文が挟まるのですが、冷や水を浴びせるようでとても効果的でした。薄い本なのに読後感はズシリときます。