セント・メリーのリボン

セント・メリーのリボン (光文社文庫)

セント・メリーのリボン (光文社文庫)

失踪した猟犬捜しを生業とするアウトロー探偵・竜門卓の事務所に、盲導犬の行方をつきとめる仕事が舞いこんだ。相棒の猟犬ジョーとともに調査を進めるうちに、薄幸な、ひとりの目の不自由な少女のもとに行きつくが、やがて…(表題作)。限りなく優しい誇り高い男たちの人間模様を、無駄のない文体とハードボイルド・タッチで描いた、感動を呼ぶ珠玉の作品集。


この文庫がすごい第二位。あらすじにある表題作のほかに、追っ手がかかった男の逃亡を庇う老人の「焚火」、川の風景を撮りにきたカメラマンがトーチカを見つけて、そこで不思議な出来事に遭遇する「花見川の要塞」、農場を持つ父親の飛行機がアクシデントに見舞われる「麦畑のミッション」、長年真面目に勤め上げた赤帽の老人にあるチャンスが訪れる「終着駅」を含んでいます。「終着駅」を始めとして比較的尺が短く食い足りないと感じる作品があるため、相対的にどうしても全体の三分の一以上を費やされている表題作の魅力が勝ってしまうんですが、それぞれの作品に登場する男達の意思の強さというものが光る短編集でした。
表題作以外では、老人の気高さを感じさせられる(彼のワイルドな料理も旨そうです)「焚火」と、墜落しそうになった飛行機のラストシーンの情景がビジュアル的にとても奇麗な「麦畑のミッション」あたりが目を惹きます。また、トーチカの中にいた少年とお婆さんと交流を深めていくうちに、不思議な戦時中の世界を垣間見るようになるという「花見川の要塞」の幻想的な雰囲気に迷い込んでいく姿も好きです。トーチカの中での現実との境界線がぼやけていく様の描写が上手い。
そして、表題作。前半では竜門のまわりに細かな出来事が順々に起きて、それぞれが後に繋がるのかと思いきや、あくまで日常の一部として扱われているのはちょっと拍子抜けしますが、本番は盲導犬探しに乗り出してから。事件を解決した後のラストは本当に素敵です。素敵としか言いようがないです。犬と人とのつながりを感じると同時に、やくざのような相手に対しては、少々手荒なことをするのも厭わないけれども、弱いものに対しては心優しき男の姿が作品を通して透けて見えます。他の作品でも主役を務めているそうなので、探してみようかな。彼が老いると焚火の老人のようになるのかしら。