崖の館

崖の館 (創元推理文庫)

崖の館 (創元推理文庫)

財産家のおばが住まう崖の館を訪れた高校生の涼子といとこたち。ここで二年前、おばの愛娘・千波は命を落とした。着いた当日から、絵の消失、密室間の人間移動など、館では奇怪な事件が続発する。家族同然の人たちの中に犯人が?千波の死も同じ人間がもたらしたのか?雪に閉ざされた館で各々推理をめぐらせるが、ついに悪意の手は新たな犠牲者に伸びる。


佐々木丸美さんの意向で彼女が存命の間には一連の作品群の復刊は叶わなかったのですが、ご逝去されたことで、絶版になっていた作品達の復刊が始まりました。これは別レーベルの『雪の断章』とともにその第一弾。
いとこ達が岬の突端にある閉ざされた館に集まるところから物語は始まります。佐々木さんの作品に見られる特徴というと、少女の一人称による文章なのですが、この作品においても涼子の視点から、内面描写を多分に含みながら文章が綴られています。それによって繊細な内面描写が行われていてリリカルな作品であると同時に、彼女の感情がそのまま文章に出てくるので少々くせが強い作品ともいえます。
誰かに殺されたにせよ千波の死から二年が経ち、平穏が戻ってきたように見える序盤。しかし怪事件の続発で、皆の仲がぎすぎすしていくなかでその平穏は取り繕われたものであることが分かってきます。合間合間に哲学談義や推理、そして日常の語らいを挟みながら、互いが互いを疑い雰囲気は悪化し、亡くなった千波の日記が見つかるあたりで頂点に達します。千波という死者がすてきな女性で、誰にも殺されるほどに嫌われるような人間でないと作中でも皆の口を借りてたびたび賛美されているだけに、彼女の日記に綴られた彼女がまだ若い頃から彼女に向けられていた悪意に心が寒くなります。
そんな風に館で過ごす中で、芽生えた恋心でさえもそれに塗りつぶされてしまうぐらいに、段々と猜疑心が強くなって追い込まれていく涼子。千々に乱れる彼女の心が文章からはっきりと伝わってきます。いとこの中でも末で、甘えん坊だった彼女の純粋な視点から見たいとこ達の印象が物語が進むにつれ、情念を伴ってそれぞれ変わっていくのが印象的でした。
作中の世界の現実感を奇妙に失った独特の静謐な雰囲気と、少女小説のような涼子の心の揺れ動きが特徴的な作品です。何とも言えない美しくもの悲しいラストが心に残りました。ミステリというより少女小説のような印象が強かったです。