トッカン

トッカン―特別国税徴収官―

トッカン―特別国税徴収官―

京橋税務署に勤務するぐー子こと鈴宮深樹はまだ駆け出しの職員。しかし、特別国税徴収官の鏡雅愛の補佐役に付けられて、悪質な滞納者から税を取り立てるべく走り回らされています。

国税徴収法は勉強の関係でちょっとさわったことがあるんですが、国税局って確かにしっかりした権力を持っているもんです。それで、このお話の主眼はぐー子の成長。ぺーぺーなのに鬼の上司の下についた彼女は不満たらたらで、実際読んでいる側の視点でみても、序盤は悪質な滞納者でコミカルな相手が多いので楽しく読ませますが、取り立ての対人折衝とはしんどいなあと思う部分があります。金持ちなのに全く税を払おうとしないオバサマの愛犬に上司が有無を言わせず差し押さえを掛けて連れ去っていくのはとてもスカッとしますが。
物語が核心に近づいてくると、様々な事情をもった人が登場し、(表面的には)相手に親身に接している彼女の性格がボッコボコにやりこめられていく一方で、この仕事のやりがい、相手と向き合うとはなんぞやということを痛切に感じさせられます。何度も叩きのめされて「ぐ。ぐ。」と言っている姿にはストレスを感じもするんですが、圧倒的な権力を持っているからこそ、自戒しなければならないことを上司や、様々な取り立て相手から学んでいく成長がとてもすがすがしく感じさせられる作品でした。国税局自体のイメージも変わってきますしね。

それにしても、高殿さんは悪口のバリエーションがものすごい豊富なうえに、オトコのツンデレを書かせたら一級品だなあ。冷徹上司とぐー子の悪口の応酬だけでもこの本を読む価値はあります!…とは言い過ぎか。でも面白いよ!

超能力者のいた夏

超能力者のいた夏 (メディアワークス文庫)

超能力者のいた夏 (メディアワークス文庫)

「あそこがあたしの家。前住んでた先輩はよく、〈寄る辺なき弱者が集う、イカれたこの世の果て〉って呼んでた。この言い方、ちょっと気に入ってるんだ」
歩み寄ってきた翼が、すっと手を差し出す。
「ようこそ、清流寮へ」
その手を取るのを、躊躇しなかったといえば嘘になる。感電の恐怖が脳裏をよぎり一瞬ためらった。そのとき差し出された小さな手が、微かに強ばっているのに気がついた。怯えているかのように。俺の躊躇を感じ取っているのかもしれない。そう思うと無性に恥ずかしかった。努めて自然に、しかしぎこちなく手を伸ばす。
「―うん、よろしく」

とあるトラウマを抱えた少年が主人公。彼は田舎の高校に転校し、そこで下宿をしながらのんべんだらりと過ごしていたが、津浦翼という少女と関わることによって下宿が全焼し、やっかいな力を持つ超能力者が集う寮に否応なしに引っ越すことになり…。ちゅうお話です。

ど真ん中剛速球。気恥ずかしいほどの青春ものです。いやもう、大好き。
主人公が転がり込んだ先の住人の超能力者たちは日常生活で便利使いするにはしょぼかったり、めんどくさかったりする力の持ち主で、そのくせ暴発したときのたちの悪さで半ば隔離されるように寮に住まわされていて、下手すると呪いのような力でもあります。ただ、その割に皆ポジティブなのが、全体として明るい雰囲気を作り出しています。
作品としてはそういった力と折り合いをつけながらの寮での騒がしい日常といった側面も楽しく読むことができるんですが、一方でそれぞれの内面は非常にナイーブだったり、卑屈になっている部分もあり、その一部と相対しながら主人公が受け入れて解き放っていき、最終的に恋の彩りを添えながら核となる二人の物語に突き進んでいく作りが読ませます。
何より、主人公が魅力的やなあと。ごくごく一般的な高校生でありながらも彼ら、彼女たち超能力者を受け入れてあげられる下地を持っていて、時に暴走気味にもなるけど痛みにもきちんと共感することのできる真っ直ぐさが、重たくなりかねない終盤の雰囲気を引き締めて爽やかな印象を与えていました。映像でみてみたいなあ、これ。

エンディングで彼がゴールした彼女に声を掛けるシーンとか妄想してにやにやしちゃいます。きれいにまとまっちゃってるんで次回作になるかもしれませんけど、次も期待してます。

Re: バカは世界を救えるか?

高二にもなって厨二病を患っているお馬鹿さんが主人公。いわゆる典型的なアレで、腕が疼くとかやってるんですが、カラコン入れて、長ラン、革手袋を装備するなど、スタイルから本格的。そんな痛い子がひょんなことから非日常に巻き込まれていくお話。
序盤の方を読んだあたりではアチャーという印象でした。カッコつけな割に周りからはかなり冷遇されている彼が、ひょんなことから触れた非日常の世界に、力もないのにノリノリで飛び込んでいこうとする姿が痛々しくて。ただ、そんな彼も自分が痛いことをやっているという自覚が相応にあって、トラウマを抱えて想像以上に重い非日常の世界に触れる中で、自己の薄っぺらさを自覚してその世界で踏ん張っていく成長を見せるあたりに主人公として非常に好感が持てました。もともと張る意地だけは人一倍持っているキャラクターだけに、浮ついた部分が抜けたら熱血バカとしての地が出てきたりして。
タイトルの割に物語の設定はかなり重め。世界のため自己犠牲を要求されている金髪少女のアルルや、クラスメイトのロリ宮をはじめとして過去の災厄で家族を失った人たちの設定は、主人公の明るさが中和してないと凄く暗い話になったんではないかなという感じ。天使という存在や舞台設定などは続刊前提で伏線が張られてるので、どういう選択を主人公が選ぶのかが楽しみなところです。ヒロインの選択も。
また、自身のトラウマを元に発現した異能を駆使して、自身の精神や肉体にも代償としてダメージを与えつつ戦うスタイルはなかなかシビア。そんな中相手の能力の劣化コピーをする<付け焼き刃>というしょぼい力を使って戦わなければならない主人公の戦闘はちょっとした知恵比べのような趣もありました。この先も余りのびしろが見込めない力でどう戦っていくのか、次巻も楽しみです。

キング&クイーン

キング&クイーン (100周年書き下ろし)

キング&クイーン (100周年書き下ろし)

帯の煽りからいっても、昔チェスの世界大会で優勝した後失踪してしまった世界チャンピオンを守る元SPの女性ボディーガードと、それを狙う姿の見えない犯人の息詰る攻防…と思っていたんですがちょっと違うかなという感じ。チェスに見立てたアクションサスペンスを期待すると肩すかしになるかなと思います。
チェスのチャンピオンを護衛しながらの今の話と二人の人間の過去話が交互に挟まる構成なんですが、切り札的なものもありどうも命がけという感じが出ていないので、序盤何者かに狙われる現在の話がどうも間延びして見えます。終盤にそれも敵手の狙いということが分かってくると段々と面白くなってくるのですが。
「キング&クイーン」ということで、過去話の中では生真面目、努力家な元SPの安奈の過去と、チェスに打ち込む天才アンディの華やかなりし過去を対比して描いているのですが、それが終盤の伏線をずるっと引き上げるあたりは流石。誰が今実際に対決をしているのかという、全体を構成する物語のために巧みに作られたお話は、柳先生らしいトリッキーな部分が発揮されていると感じました。正直アンディの過去話に本物のアンディが登場するシーンは震えました。

全体の感想としては、キャラクターへの踏み込みは少ないものの、お話の作りとしてしっかりとした構成が根底にあり読ませる小品といった印象でした。ギャップとかを考えると事前の評判を一切耳に入れずに読んだ方が確実に楽しめるかなあとも思います。個人的に一番印象に残っているのは、アレな歴代チェスチャンピオンの方々の逸話なんですがw

深い読みと華麗な攻めで知られ、“史上最高の棋士”とも称されるアレクサンドル・アリョーヒンは、実生活ではひどい乱暴者であり、また重度のアルコール中毒患者であった。(中略)彼は、猫嫌いの相手と対戦する時は必ず二匹を同行させ、対局中は二匹を相手にずっと話し続けていた。彼は自分には猫と話ができる能力があると信じていたが、不利な局面になると彼は猫たちを盤上に投げつけた。

猫投げるて。

うちのメイドは不定形

うちのメイドは不定形 (スマッシュ文庫)

うちのメイドは不定形 (スマッシュ文庫)

「あらあら、私たちとしたことがなんてはしたない。申し訳ありません、一億五千五百万年ぶりのご奉仕が嬉しくて、〈生成〉が終わる前に飛び出してきてしまいました……ちょっとだけ、お待ちくださいな」

「申し遅れました。私たちの名前は、人間さんの発声器官に合わせた発音で〈テケリ・リ・テケ・テケ・リ・ル・リ・テケリ・テケ・リ・ラ・ル・ラ・テケリ・テケ・テケリ・リ・ル・ラ・リ・テケリ・リ〉と申します。ご主人様のお世話をするようにと南極から私たちを送り出されたあなたのお父様は、私たちのことを〈テケリさん〉と呼んでくださいました。どうかご主人様もそのようにお呼びくださいませ」


クトゥルフ神話をモチーフに萌やしてしまえ!という形のどっかでもお見かけしたような作品。ただ、基本人間スタイルのあちらに比べて、こっちの方はタイトル通り冒頭からかっ飛ばしてます。クール便で届いた不定形にお湯を掛けるとメイドになって登場して、スライムみたいにふくれて家中のお掃除をすませたり、複数の個体に分裂したり融合するあたり。

ただ、意外とネタ度は低め。極地で長い間眠りについていたテケリさんが、今の人間世界に慣れてきちんとご主人様との関係を築いていくまでを、二人の日常にスポットを絞って背景を比較的抑えめに描写しているのでコミカルなドタバタ劇としてよく出来ていました。そして、分裂してそれぞれが別々の自我をもったミニテケリさんがとても可愛らしく、お約束なボケをかますものの、万能でご主人様に一途なテケリさんのキャラクター自体も可愛い。家に欲しいですね。
また、ただ原典からキャラクターを拝借してくるだけではなく、敵に襲撃される物語の後半で、彼女?の過去と今抱えている思いとしてきちんと作中に取り込んでいるのが良かったです。終盤の挿絵のための妄想は流れ的にいらなかったんではとは思いましたが。
きれいに纏まっているけど、主人公や、敵だったあさひも含めてキャラクターが気に入ったので続編を希望する次第。

蒼林堂古書店へようこそ

蒼林堂古書店へようこそ (徳間文庫)

蒼林堂古書店へようこそ (徳間文庫)

ショートショートでは少し長め、短編と呼ぶにはちょっと短めな作品が14本詰まった一品。もうすぐ四十に手が届く男やもめのミステリ専門の古書店店主林を中心に、客に珈琲を出すという喫茶店のようなお店に惹かれて集まる面々の謎解きの物語です。大人びた高校生の柴田五葉、林と同級生の大村龍雄、新人教師の茅原しのぶらが集ってのミステリ談義。

一読して思ったことは、各話の中で出てくる謎は、ほんの些細なとも思うような、まさに日常の謎的なものなんですが、各種ミステリと絡めて、あるいは作中に登場させてからのテーマへの誘導はかなり労力がいるんじゃないかということ。作者自身が好事家じゃなければとても書けんよなあと思います。
ただ、決して敷居が高い作品ではなく、一方でライトな謎解き要素とともに各短編の末尾にミステリガイドの解説付きで、その趣向にそった入門書的な要素も持ち合わせていたりと様々な楽しみ方が出来る作品でもあります。
そして、最後の締めが何とも心憎い。連作短編だと最後の作品にはそれまでの伏線を一気に引っ張りだすような仕掛けが期待されますし、乾先生らしく、もちろんキチンとそういったものも仕込まれているんですが、最後まで趣向を凝らされた構成にちょっと脱帽してしまいました。
日常の謎を丁寧に積み重ねていく中に忍ばせられた彼女のささやかな思い、それが溢れ出す最後のお話。そしてちょっとした仕掛けにやられました。

その一撃で作品の見え方がガラッと変わってしまう作品や、重厚長大なミステリ作品も好きですが、こういった作品もよいなあと改めて思わされました。ミステリに興味があるもののちょっと敷居が…という方に勧めやすいんじゃないかと思います。おすすめミステリガイドも古今、硬軟取り混ぜてて好印象。

MIX! オトコの娘始めました

岩佐先生久々のオリジナル作品。作家として活動されているのは知っていましたが、ノベライザーと化していたのでオリジナルのチャンスが巡って来たことにビックリ、そして嬉しい。
競竜のファームを舞台として、まだ若き牧場主が襲ってくる様々な苦難を乗り越えながら、欠陥を持つ竜とレースに臨むまでを描いたデビュー作のダンスインザウィンドもとても面白いっす。絶版だけど是非是非読んでほしい作品。今でも新作がバカ売れして再版しないかなあと願っています。


それで、新作は…男の娘が女子新体操部に仮入部して色々と頑張るお話ということで、今風な毛色の作品やなあと思っていたわけですが、蓋を開けてみたらやっぱり面白かったです。女子相撲は止めといて正解だと思いましたが。
好きな人に女っぽいという理由で振られ、男らしくなることを目指して空手部の門をたたいたはずの新入生の主人公が、なぜか上級生として女子新体操部の練習に参加することに…。という一連の流れはコミカルであったものの、いざ物語が本番に入るととても真摯に競技と向き合う姿も見られてよかったです。特に、誰(自分が振られた相手ですら)に対しても、見た目が変わっても変わらず接するような、優しく真っ直ぐな主人公の性格に好感が持てました。
スポコン的な作品で、取材も綿密にされてるみたいなので、続巻があれば競技の描写が増えたら嬉しいなあとも思います。先輩の女性陣の競技に賭ける思いも垣間見られたわけですし。